hikershigh

1年 2012/4/21-22

初めて南三陸に行ったのは去年の4月26日。特に意識したわけじゃないけど、ちょうど一年というタイミングで南三陸へ。

震災以降、ずーっと毎日続けてきた物資配り。少しずつ物資の量も減り、最近はもう配りに行くのは週末だけになった。街の景色はあの時からたいして変わらずだけど、何も進んでいないわけでもない。物資配りが週末だけになったのも少しずつ進んでいる一つの証だと思う。それと同時に日増しに難しくなる被災地支援のあり方だったり、被災者の抱える不安や苦しみを感じることも多かった。そんな二日間の記録。

一日目
いつものバスで朝仙台に到着。いつも通り島津さんの車で南三陸に向かう。道中、自分が来ていなかった間の事、今の状況などいろいろと話をしながら。

先月末で三陸道の無料化が終了し、交通量は激減していた。必ず渋滞していたところもすいすい抜けてしまう。島津さんが以前Facebookで投稿していたように、これはかなり深刻な問題。ボランティアだけでなく復興の一助になろうと南三陸を訪れる人の減少、仙台など近郊の町との交流機会の減少、人口流出など多くの弊害が生じている。国が関る規模の大きな話だからいろいろな背景があるんだろうけど、生じている問題は深刻だ。
いつもは2時間近くかかっていたのに1時間ちょっとで南三陸に到着。

今回は週末という事もあり、手伝いにきてる人がたくさん居た。ふんばろう東日本プロジェクトから代表の西條さんはじめ13人。P&Gから5人。大阪から十代の青年が1人。なかなかの大所帯。

着いてすぐに物資の置いてある倉庫に。社長の家の倉庫には到底入り切らないので、物資は数ヶ所に分散して置いてある。人数がいるので手付かずの物資が山積みの倉庫整理をする事に。
出てきたのはテント、ポリタンク、大量の冬服などなど。季節的に配れるものだけを抜いて冬服など配りづらいものはまたもとの場所に。たくさんの物資が送られて来る事はもちろんありがたい事だろうけど、それを配りきらなくちゃいけないのでその辺がまた難しかったりする。もらう側の気持ちもあるのでただ闇雲に配れるものでもないし、受け取りを拒否するケースもある。なかなか悩ましいところ。

一通り片付けをして別の倉庫へ。
今、物資配りに行ってるのは仮設住宅だけ。一軒ずつ届けに行くので、まずはじめに一世帯ずつ袋詰めにする。内容はいつもと変わらず、日用品やら調味料やら。人数がいるのであっという間に300世帯分が完了。トラックとバンに積み込む。

ちなみに。二日間お昼を食べたこちらのさんさカフェ。

内田兄弟の作るカレーが食べられます。絶品です。日替わり定食の唐揚げも絶品です。南三陸を訪れた際には必ず食べに行って欲しい。何度も言いますが、絶品です。ズバ抜けて美味いです。

腹ごしらえをすませて仮設住宅へ。世帯数の比較的多い仮設を回る。やはり人数がいると早い。あっという間に配り終わった。

物資を一軒ずつ配っている時、そっけなく受け取る人もいれば、深々と頭を下げる人もいる。もう物資なんて必要としていない人たちもいれば、一人では買い物にも行けなくて、収入源も無くて、本当に苦しい状況にいる人たちもいる。今回も感じたのは、月日が経つにつれて状況が複雑になって、一筋縄ではいかない問題が浮き彫りになって、必要な知恵や物が変化してきているという事。
物資配りをいつまでやるのか、いつやめるのか。どこかのタイミングで決めなくちゃいけないことだけど、何を決め手にするのか。難しさが募る。

物資を配り終えた後、大勢人が来てる事もあって島津さんが町内を案内することに。さかなのみうらの旧店舗に向かう。一年前、社長とはじめてあったのはこの場所だった。景色は残念ながらあんまり変わっていなかった。

夜は社長の家の倉庫で夕食。長さんのメカブの鉄板焼きは忘れられない味。いつもご馳走様です。


二日目
朝、長さんの働く浜で漁仕事の手伝い。わかめの収穫期限が迫っているようで今が追い込みの時期だそう。この日はめかぶの収穫。メカブカッターなる道具を使って茎を残し食べられる部分を削ぎ落とす。
漁師が使うカゴや道具、わかめの種を植え付けるロープを固定するためのサンドバッグなど。必要な道具は南三陸漁業再生支援協会を通して届けられたもの。二子玉川のチャリティーフリマの売り上げの一部もこちらに支援して頂いた。こうやって形となり漁師の仕事を支えています。

やはり生活を立て直していくには収入源となる仕事を再生させることが必要になる。漁師の町である南三陸。漁師が働けるようになれば、市場が動き、加工食品の工場も動き出せる。もちろん社長のお店のように小売店も営業できるようになる。仕事が動き出しお金が回り始めれば街にも少しずつ息吹が宿る。漁業支援は南三陸にとってとても重要な支援になっている。

午前中いっぱい漁仕事の手伝いをして、午後はまた物資配り。あとはP&Gのオムツを届けに保育園へ。定期的に社員が来て物資配りを手伝ったり、物資を送り届けたり。会社としてボランティアに携わっているようです。

夕方、時間が出来たので近くの秘湯、追分温泉に。二日間の汗を流す。長さんの言うとおり、ここは極楽。木造の趣ある建物で最高に気持ち良かった。こちらも南三陸を訪れた際には必ず入りに行って欲しい。風呂上りの牛乳は絶品です。

二日目の夕飯も社長のとこで食べることに。そして後ろ髪をひかれつつもバスの時間が迫っているので9:30頃南三陸を出発。なぜだかいつも長さんだけは帰り際にちゃんと挨拶できていなかったんだけど、今回はしっかり握手できた。長さんがあんまり強く握り締めるもんで、心にまでグッと来てしまった。「また来るかい?」なんて聞いてくる長さんに「来るに決まってるでしょ」と即答しておいた。

そんなこんなのあっという間の二日間。
島津さん、社長、長さんをはじめ、南三陸で自分も被災者でありながら、被災者のため、南三陸のために頑張っている人たちの手助けがしたくて1年間通い続けてきた。自分が行く事で少しでも楽にしてあげたかったし、毎日頑張ってるのを離れた場所で知りながら、それをほっとく事なんかは絶対にしたくなかった。それはもちろんこれからも。なにか必要な事があるならばいつでも行くし、これからも支え続けたいと思う。

最後に、今回も交通費を支援してくれたevergreen works、Chichi Cafe、クローバーの皆さんには本当感謝してます。ありがとうございました。
# by broox | 2012-04-30 23:44 | m3r | Trackback | Comments(0)

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